わたしの構想No.77 2025.05.12 トランプ2.0にどう対応するか【速報】 この記事は分で読めます シェア Tweet 米国のトランプ政権が打ち出した高関税政策が世界を揺さぶっている。この政策はどのような背景の下で生まれたのか、日本はどう対応すべきなのか探った。時事性に鑑みて、2025年5月〇〇日に先行公開する。 EXPERT OPINIONS識者に問う トランプ大統領の高関税政策にはどのような背景があるのか。日本は高関税政策による負の影響を最小限に抑えるためにどのような戦略をとるべきか。 橋本努北海道大学大学院経済学研究科教授 峯村健司キヤノングローバル戦略研究所主任研究員 インタビュー実施:2025年4月~5月インタビュー:河本和子(NIRA総研主席研究員)、竹中勇貴(NIRA総研研究コーディネーター・研究員) 識者に問う トランプ大統領の高関税政策にはどのような背景があるのか。日本は高関税政策による負の影響を最小限に抑えるためにどのような戦略をとるべきか。 自由民主主義国と連携、新たなグローバル関税戦略の提示を 橋本努 北海道大学大学院経済学研究科教授 KEYWORDS 新保守主義、関税構想、グローバルな正義 トランプ大統領は貿易赤字の解消を掲げ、世界各国に対し高い関税率を課すことを打ち出した。政権の後ろ盾となっている起業家のピーター・ティールやイーロン・マスクは関税政策に反対だが、トランプはそれを否定してでも高い関税政策を推進している。彼の思想の基盤にあるのは、「勤勉な労働者が国を支える倫理」を米国に取り戻すという、新保守主義(ネオコン)の理念である。目的は、たとえ商品が割高になっても、高関税を課して製造業を米国内に呼び戻し、白人労働者階級を復活させることである。新保守主義は米国で1970年代以降、形を変えて続いており、トランプの思想もその1つに位置づけられる。これは新自由主義の思想に似ているが、新自由主義が個人の倫理観の多様性を認めるのに対し、新保守主義はプロテスタンティズム的な勤労道徳を重視するのが特徴である。 高関税による製造業の復活というトランプのシナリオは、4年の任期内ではおそらく実現できず、10〜20年という時間を要する。トランプは長期的なことをやろうとして、引き戻せない政治をつくることを狙っているのではないか。一方、資源がなく、貿易依存度が高い日本にとって、トランプの関税政策による影響は大きい。しかし、トランプの言動1つひとつにあたふたしては常に劣勢に立たされる。日本は「あるべき関税制度とは何か」という構想の議論を仕掛けて、着地点を探ることが必要である。 その構想とは、関税政策を活用して、法の支配の下での自由貿易と、それによる世界平和の実現を目指すというものである。21世紀のグローバル化で、経済的に負けたのは自由民主主義国であり、勝利したのは中国などの権威主義国である。これらの国に対して、法の支配や民主主義の実現を求めていかねばならない。しかし、直接的な内政干渉はできないし、独裁などを理由に貿易を断交するのも戦争のリスクを高めるため望ましくない。そこで、非民主主義国に対しては高関税を課し、法の支配や民主主義の実現の状況に応じて関税率を引き下げ、インセンティブを与えていくのである。 それがグローバルな正義にかなった関税構想であり、米国が優位に立てるグローバル戦略でもある。そのことを、日本は他の自由民主主義国とも連携し、米国に主張していく必要がある。 橋本努(はしもと・つとむ) 専門は政治哲学、社会学、自由主義、経済思想。「自由」をキーワードに長年思索を重ね、多くの著作を発表。「テック起業家たちのイデオロギー―イーロン・マスクとピーター・ティール」(『世界』2025年5月号)では、トランプ政権の背後にあるイデオロギーを分析。東京大学総合文化研究科相関社会科学専攻博士課程単位取得退学。博士(学術)。北海道大学大学院経済学研究科専任講師、同准教授を経て、現職。シノドス国際社会動向研究所所長も務める。最新著書は『自生化主義―自由な社会はいかにして可能か』(勁草書房、2025年)。他、著書多数。 識者が読者に推薦する1冊 橋本努(2007)『帝国の条件―自由を育む秩序の原理』弘文堂 推薦理由:この本で私は、自由で民主的な世界を築くための関税構想案をデザインしました。 識者に問う トランプ大統領の高関税政策にはどのような背景があるのか。日本は高関税政策による負の影響を最小限に抑えるためにどのような戦略をとるべきか。 経済と安保は連動、日本は主体的に戦略を構築しパッケージで提案を 峯村健司 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員 KEYWORDS 中国のアジア覇権拒否、日米同盟のアップグレード、対中デカップリング トランプ政権は、1次と2次の両方とも対中強硬政策をとるが、考え方は異なる。第1次政権では、中国共産党打倒を目的とする「体制転換派」が主導していた。しかし、彼らは現政権にいない。今の政権では「優先順位派」が重要な位置を占める。優先順位派は、米国がもはや超大国ではないとの認識に立ち、中国のアジア覇権を拒否することにリソースを優先的に注ぐべきだと考えている。理論的支柱は国防総省のナンバー3、コルビー国防次官だ。彼は、台湾侵攻を防ぐために、日本を中心にフィリピン、オーストラリアなどと反覇権連合をつくろうと考えている。コルビーの影響を強く受けているのがヴァンス副大統領である。ヴァンスは、国際問題から米国が手を引くべきだという立場にも近いものの、中国の脅威に向き合う必要性を感じており、対中対応を優先する姿勢を見せる。トランプ政権の重要課題は優先順位派の意向に基づく対中抑止と見るべきだ。 対中強硬路線をとる米国との交渉で、日本は関税だけに気を取られてはいけない。 トランプ大統領の対外政策の特徴は、経済と安全保障を連動させることにある。こうした中での日本との関税交渉を担当しているベッセント財務長官が「日本は先頭」と発言したことは、米国が欧州や中東の優先順位を下げ、アジアに、なかんずく日本に高い優先順位を与えたことを意味する。米国にとって、対中最前線にある日本の重要性はいまだかつてなく高い。日米同盟は、日本にとって対中対応のバックアップであり、日本の重要度が上がったこの機に同盟のアップグレードを図りつつ、自国の防衛力を強化すべきだ。 ゆえに日本は主体的に戦略を定め、包括的なパッケージを構築して、米国と交渉しなければならない。すなわち、国防費をますます増大させる中国の脅威を日本は自ら評価し、台湾侵攻を含む台湾有事を起こさせないために何ができるか、何が足りないのかを吟味する。そのうえで、米国に何を補ってもらうかを明確にしなければならない。こうした安全保障部分での貢献を積極的に示す姿勢は、関税交渉を円滑にする。 さらに未来を展望するならば、米国が対中デカップリングに突き進むとき、日本はどのような関係を米国、中国それぞれと持つのか、主体的に選択しなければならなくなるだろう。安全保障は米国、経済は中国という虫の良い時代は終焉しゅうえんを迎えつつあるのだ。 峯村健司(みねむら・けんじ) 米国および中国での長年にわたる調査・取材に基づき、両国の政治・外交事情に精通、精力的に分析を行っているシンクタンカー。1997年、青山学院大学国際政治経済学部国際政治学科卒業、朝日新聞社入社。中国総局(北京)特派員、米州総局(ワシントン)特派員、編集委員(外交・アメリカ中国担当)を務める。2022年より現職。北海道大学公共政策大学院客員教授。中国の安全保障政策や情報政策に関する報道で「ボーン・上田記念国際記者賞」を2011年に、LINEの個人情報管理問題のスクープと関連報道で新聞協会賞を2021年に受賞。 識者が読者に推薦する1冊 橋爪大三郎・峯村健司(2024)『あぶない中国共産党』小学館新書 シェア Tweet ©公益財団法人NIRA総合研究開発機構※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ