English version わたしの構想No.69 2023.12.26 国内投資の拡大は本格化するのか この記事は分で読めます シェア Tweet 民間企業の国内設備投資は、長期にわたり伸び悩んできたが、ここにきて基調に変化がみられる。企業の姿勢は変わったのか。国内投資の拡大は本格化するのか。 PDF(日本語) PDF (ENGLISH) ABOUT THIS ISSUE企画に当たって 国内投資の拡大は本格化するのか 設備投資の動向から、日本の課題をつかむ 柳川範之 NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院経済学研究科教授 民間企業の国内設備投資は、長期にわたり伸び悩んできたが、ここにきて基調に変化がみられる。果たして、企業の姿勢は変わったのか、また、持続的な賃上げにつながるのかなどの疑問がわく。国内の民間設備投資の実態をどうみるべきか。国内投資を妨げてきた要因があるとすれば、それに対処するための政策は何か。企業や各分野の投資動向に詳しい識者に聞いた。 EXPERT OPINIONS識者に問う 拡大傾向とされる国内投資、その実態をどうみるか。国内投資を妨げる要因は何か。 宮永径株式会社日本政策投資銀行執行役員産業調査部長 滝澤美帆学習院大学経済学部教授 窪田朋一郎松井証券シニアマーケットアナリスト 貞森恵祐国際エネルギー機関(IEA)エネルギー市場・安全保障局長 黒田忠広東京大学大学院工学系研究科附属システムデザイン研究センター教授 インタビュー実施:2023年10月~2023月11月インタビュー:井上敦(NIRA総研主任研究員) データで見る 日本の民間企業の国内設備投資額の推移(1980年-2022年) 大企業(全産業)の投資水準の推移(2005年-2023年度) 2022年度の業種別投資実績の前年度比 世界のエネルギー投資(クリーンエネルギーと化石燃料)の推移(2015年-2023年) 企画に当たって 国内投資の拡大は本格化するのか 設備投資の動向から、日本の課題をつかむ 柳川範之 NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院経済学研究科教授 KEYWORDS 国内設備投資、会計情報、無形資産の把握 どんなときでも、投資の動向がその国の経済を大きく左右することはいうまでもない。デジタル・トランスフォーメーション(DX)やグリーン・トランスフォーメーション(GX)、そして「人への投資」の重要性が叫ばれている今の日本においては、国内投資の動きが、今後の総需要、そして生産性や潜在成長率に大きな影響を持つことはいうまでもないだろう。それでは、実態として国内の設備投資の動きは、どのようなものになっているのか、そこから見えてくる日本経済の課題はどのようなものなのか。このような問題意識から、多方面の専門家の方々に、日本における設備投資の現状とそこから見える課題について、主に語っていただいた。 国内の設備投資の実態をどう見るか まず、宮永径・日本政策投資銀行執行役員産業調査部長に、日本政策投資銀行の調査に基づいて、国内設備投資の動向について解説していただいた。宮永氏によれば、2023年度の設備投資額の実績はコロナ禍前の水準を超えると見込まれるものの、拡大基調に転じたといえるほどではない。デジタル化投資の内容は大半が既存システムの更新にとどまり、デジタル化によって付加価値を高めるという経営の高度化は、まだまだ広がっていないとされる。「脱炭素」への投資も、継続的に進んではいるものの加速はしていない。宮永氏は、設備投資が本格的に拡大局面に入るかは、企業が強い投資意欲を持てるか次第であり、設備投資によって生産性を向上させ、企業収益を高めることの重要性を指摘している。 滝澤美帆・学習院大学経済学部教授には、国内の設備投資動向について、主に中小企業の観点から解説していただいた。滝澤氏は、日銀短観(2023年9月)を用いて、2023年度計画の国内投資額は前年度比13.0%のプラスとかなりのインパクトのある数字だと評価している。特に非製造業で設備投資が拡大している点に注目し、これが日本全体の生産性向上、経済成長につながっていくことへの期待を述べている。また、中小企業については、製造業の中小企業の設備投資が伸びていない点が懸念材料であり、中小企業が価格に転嫁できるかが大きなポイントだとしている。また、新しいテクノロジーを備えた設備投資は、それを使いこなす人材が必要であり、投資によって収益率を高めるには人への継続した投資が必要としている。 窪田朋一郎・松井証券シニアマーケットアナリストは、アナリストの立場から日本国内の設備投資を分析されている。やはり回復基調にあるものの、四半期ベースでみると、バブル期や2007年の高い投資水準にまだ届いていないとしている。窪田氏は、日本は設備投資に対するリターンを期待できない国だったとして、政府が海外よりも国内に投資する事にインセンティブを与える制度設計を行うほか、トップダウンで、生産性の高い分野に投資を集中させて、高い競争力を保持することが重要だとしている。政府は、企業規模を拡大させる政策の方向に進むべきであり、日本が長期的に比較優位を保てる競争環境を作り出せるような「条件付き自由競争」が必要だと主張している。 投資ニーズが高まる「脱炭素」や「半導体」分野の実態は 貞森恵祐・国際エネルギー機関(IEA)エネルギー市場・安全保障局長にはクリーンエネルギー関連の投資の実態と今後の制度設計のあり方について、語っていただいた。「脱炭素」に向けた投資は世界で大きく増加していて、日本の投資規模もGDP比でみて、先進諸国にそれほど見劣りはしない。しかしネットゼロの目標達成には、世界でも今の3倍の投資が必要だとする。日本も具体的な制度設計や支援措置を明確にしないと、民間は投資計画を立てづらいと貞森氏は主張する。国による補助金的な支援策は市場メカニズムが機能するまでは必要だが、中長期的な観点からは、政府が強く関与し過ぎず、市場を活用する仕組みが必要だとして、基盤となるカーボンのコストを明らかにして統一的なルールを示すことの重要性を指摘している。また、原子力を含む多様な低炭素エネルギーの活用を図るとともに、クリーンエネルギー導入速度の不確実性を踏まえて化石燃料確保の備えも必要だとしている。 黒田忠広・東京大学大学院工学系研究科附属システムデザイン研究センター教授には、半導体分野における投資の現状について解説していただいた。半導体分野は景気の波が激しいものの、この40年間、10%近い高成長を続けており、日本でも現在、年間数兆円という大規模な投資が行われている。安全保障上の戦略物資であるという認識も加わったことで、公的支援も積極的に行われている。黒田氏によれば、半導体製造という分野において日本があらためて注目されており、世界からの対日投資も過熱している。この段階で懸念される点は、政策の継続性の欠如であり、政策の勢いを失わせないためには、国際連携の強化が必要だとしている。そして官民ともに投資を維持して、国力を高める必要があると主張している。 * * * 以上、各専門家の方々のご意見から浮かび上がる1つの側面は、「人への投資」や制度整備の環境等、企業を取り巻く、広い意味での無形資産、および無形資産への投資の動向だろう。なかなか会計情報からは見えてこないものであるが、これらの把握も今後は重要になってくるだろう。 識者に問う 拡大傾向とされる国内投資、その実態をどうみるか。国内投資を妨げる要因は何か。 産業や社会全体でリスクを取れる枠組みを構築する 宮永径 株式会社日本政策投資銀行執行役員産業調査部長 KEYWORDS 半導体・自動車電動化・省人化、企業の投資意欲、リスクテイク 日本政策投資銀行の調査によれば、大企業の2022年度の国内設備投資は、前年度比10.7%増と3年ぶりに増加に転じた。2023年度も1980年代以降3番目に高い伸びが計画されており、コロナ禍前の水準を超えると見込まれる。ただし、「企業の胎動」は感じるが、拡大基調に転じたとまではいえない。今後はコロナ禍で見送られた投資を取り戻し、さらに将来に向けた取り組みの拡大が期待される。 今年度計画で目立つのは、半導体とその材料や、自動車の電動化への投資だ。長期的な需要を見据え、製造能力増強、新製品開発に向けた投資が進められている。非製造業では、鉄道の安全対策、都市再開発など「人流拡大」に向けた都市機能の高度化のほか、AI(人工知能)の活用による労働集約的な分野での省人化の取り組みもみられる。他方で、産業全体ではデジタル化投資の大半が既存システムの更新にとどまり、デジタル化によって付加価値を高めるという経営の高度化はまだまだ広がっていない。 「脱炭素」への投資は継続的に進んではいるが、足元で加速してはいない。技術の進展や自動車の脱内燃機関化を見直す動きなど、さまざまな不確実性が投資意欲を阻んでいる。市場拡大を巡る世界的な潮流が問われる中、企業は一社でリスクを取ることが難しい。投資加速には、サプライチェーンの上流から下流まで、ベクトルがそろう必要がある。政府には予算措置とともに、一層のイニシアチブを期待する。鉄鋼や化学など温暖化ガス多排出産業に負荷が集中するため、産業間で、経済全体で負担を分担する議論を進める必要がある。また、GXに限らず、技術があっても事業で負けてはいけない。起業家、金融機関やファンド、投資家を含め、社会全体で大胆にリスクを取れる枠組み、プレーヤーの層の厚さが不可欠だ。 今後、設備投資が本格的に拡大局面に入るかどうかは、企業が強い投資意欲を持てるかにかかっている。日本企業は「デフレ経営」的な値下げ競争意識から脱しつつあり、インフレや金利上昇も、価格引き上げや生産性向上に向けて企業が能動的にリスクを取ることを促す。まずは経営者には、設備投資によって生産性を向上させ、企業収益を高めることが求められる。人手不足が強まる中で、採用強化や賃上げに積極的な動きは出てきている。ここで、高い収益を原資に再投資する、という良い循環ができれば、持続的な賃金上昇にもつながってくる。 宮永径(みやなが・わたる) 日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行後、関西支店、環境省出向などを挟み、20年近く調査業務に従事。経済調査室長を経て2021年産業調査部長、2023年同執行役員。東京大学経済学部卒、米ブラウン大経済学修士。産業調査部では、景気動向とともに構造的・長期的な視点から経済・産業の調査を行い、このうち大企業を対象にした設備投資計画調査は1957年に開始し、近年は調査を踏まえた企業トップとの対話から日本企業・経済の課題についての発信を行っている。 識者が読者に推薦する1冊 日本政策投資銀行〔各年版〕「設備投資計画調査」「企業との対話にみる日本企業の課題」 識者に問う 拡大傾向とされる国内投資、その実態をどうみるか。国内投資を妨げる要因は何か。 設備投資を起点に生産性を向上、中小企業の動向がカギ 滝澤美帆 学習院大学経済学部教授 KEYWORDS 非製造業での投資拡大、中小企業への波及、人への投資 国内の設備投資は長らく伸び悩み、2008年をピークに資本ストックは減少した。その背景には、まず、1990年以降のバブル崩壊後、日本企業はバランスシート改善のために、利益を投資ではなく、債務返済に充ててきたことがある。そして、2008年のリーマン・ショック後は、危機に備えて内部留保を潤沢にしておきたいというマインドが強くなった。さらに、近年は大企業を中心に、人口減少で経済、市場が縮小する国内ではなく、海外への投資が積極的に行われてきた。 しかし、ここにきて変化の兆しが見られる。「実質固定資本ストック」はリーマン・ショック前の水準に戻り、日銀短観(2023年9月)によれば、計画で、全産業(金融を除く)の2023年度計画の国内投資額は前年度比13.0%のプラス。これはGDP(国内総生産)の2.3%に相当し、計画どおりに実施されれば、かなりインパクトがある。特に私が評価したいのは、非製造業で設備投資が拡大していることだ。非製造業の労働生産性は、米国の約半分にとどまる。これが資本装備率(注)の上昇を通じて改善されることで、日本全体の生産性が改善され、経済成長につながることを期待している。 今後、投資の動きが本格化するかどうかは、中小企業の動向次第だ。現時点で法人の99.7%を占める中小企業、中でも製造業の設備投資が伸びていないことは懸念材料だ。投資が波及するかどうかは、中小企業が価格に転嫁できるかどうかにある。大企業や経済団体は今後、国内投資を増やす姿勢を鮮明にしている。大企業が取引関係のある中小企業などに協力し、設備投資を増やす動きを波及できることが望ましい。また、計画では中小企業がソフトウエア、研究開発への設備投資を増やす動きが見られ、これは期待できる点だ。設備投資によって収益率を高め、再投資につながれば、好循環が巡るようになる。 新しいテクノロジーを備えた設備投資にはそれを使いこなす人材が必要である。人材育成が不十分だと投資は増えない。諸外国に比べ日本は人への投資が極端に少ない。設備投資とは違い、人への投資は短期的に目に見える成果が得られず、特に中小企業は日常業務で忙殺されているため、消極的なことが多い。投資によって収益率を高めるには、人への継続した投資が必要であると企業に理解してもらうことが重要だ。(注)労働1単位当たりの資本設備量。資本ストックを労働投入量(労働者数×労働時間)で割ることにより求められる。 滝澤美帆(たきざわ・みほ) 専門はマクロ経済学、企業行動の実証分析、生産性分析。主として、マクロ・産業・ミクロ(企業や事業所)の各レベルで構築したデータを用いて、生産性計測及び生産性の決定要因に関する実証分析を行っている。日本学術振興会特別研究員(PD)、東洋大学教授、ハーバード大学国際問題研究所日米関係プログラム研究員などを経て、2019年学習院大学准教授、2020年より現職。中小企業政策審議会、財政制度等審議会など中央省庁の委員を歴任。主著に『グラフィック マクロ経済学 第二版』(宮川努氏と共著、新世社、2011年)など。一橋大学博士(経済学)。 識者が読者に推薦する1冊 宮川努〔2018〕『生産性とは何か―日本経済の活力を問いなおす』ちくま新書 識者に問う 拡大傾向とされる国内投資、その実態をどうみるか。国内投資を妨げる要因は何か。 政権のトップダウンで、生産性の高い分野に投資を進め 窪田朋一郎 松井証券シニアマーケットアナリスト KEYWORDS トップダウン、集中投資、優位性を保つ戦略 日本国内の設備投資は現在回復傾向にあるが、四半期ベースで見ると、バブル期や2007年の高い水準にまだ届いていない。長期にわたり国内投資が阻害されてきた要因は複合的だが、一言でいえば、日本は投資に対するリターンを期待できない国だったということだ。バブル崩壊後、生産性の高い製造業が人件費の安いアジア諸国に流出する一方、国内では高い法人税が課されてきた。また、生産年齢人口が減少し続けているのに、政府は「成長戦略」で、観光などもともと労働生産性の低い産業を伸ばそうとしてきた。今回の国内投資拡大も、米国が安全保障の観点から半導体を中心に投資拡大のプレッシャーをかけてきたことがきっかけで、残念ながら、日本が戦略的に作り出したわけではない。 重要なことは、この設備投資が生産性の向上につながるかどうかだ。岸田政権は賃上げが何より大切だと言っているが、今、日本が行うべきは、生産性の高い分野に投資を集中させて、高い競争力を保持することだ。日本は現場重視の考え方が根強いが、各業界の要望に応える形で現場の論理で投資しても、競争が激しく実入りが少なければ結果はついてこないし、生産性が上がらない中で賃上げだけしても持続性はない。政府は、海外よりも国内に投資する事にインセンティブを与える制度設計を行うとともに、全体を見渡して生産性が高い分野、業種、職業を冷静に分析し、政権がトップダウンで集中的に傾斜配分するやり方に変えていかないと、結局は、多くの労働者が「レッドオーシャン」であえぐことになる。 1950~60年代に日本は鉄鋼などに集中投資したことで、その後の高度成長につながった。現在、情報通信や学術研究、金融サービスなどは、従業者割合は低いものの労働生産性が高く、比較的高い賃金を担保できそうな分野である。また、日本の企業規模を見ると、小企業に偏りすぎ、生産性の上がらない原因にもなっている。「大企業優遇」という批判を受けたとしても、政府は企業規模を拡大する政策の方向に進むべきではないか。 人口減少期の日本は、スイスやシンガポールのように、人口大国や低賃金諸国と激しい競争にさらされない分野で、優位性を保つような戦略にシフトする必要がある。米国にしてもヨーロッパにしても、規制を設けたり、「安全保障」という言葉を盾にして自国に有利な状況を作り上げている。日本も、国家として目指すべき方向を見定めた上で、長期的に比較優位を保てる競争環境を作り出せるよう、「条件付き自由競争」を行うべきであろう。 窪田朋一郎(くぼた・ともいちろう) 証券界の第一線で活躍し、相場の鋭い考察と読みに定評がある。特に日本株式市場を中心に、日々のマーケットの解説に加えて、独自の投資指標を開発。日本経済新聞をはじめ、動画やSNSなど多様な媒体でコメントやリポートを発信している。高校生時代から株式投資を始め、大学卒業後に松井証券に入社。自己売買担当、顧客対応マーケティング業務などを経て現職。ネット証券草創期から株式を中心に相場をウォッチし続け、個人投資家の売買動向にも詳しい。 識者が読者に推薦する1冊 レイ・ダリオ〔2023〕『世界秩序の変化に対処するための原則―なぜ国家は興亡するのか』斎藤聖美(翻訳)、日経BP日本経済新聞出版 識者に問う 拡大傾向とされる国内投資、その実態をどうみるか。国内投資を妨げる要因は何か。 クリーンエネルギー投資の市場を政府支援で活性化せよ 貞森恵祐 国際エネルギー機関(IEA)エネルギー市場・安全保障局長 KEYWORDS 補助金支援と制度的誘因、GX経済移行債、カーボンのコスト 世界におけるクリーンエネルギーと化石燃料に対する投資額は、5年前は両者が1兆ドル規模でほぼ同額だったが、2023年はクリーンエネルギーへの投資が1.7兆ドルの水準に増える見込みだ。「脱炭素」に向けた投資は世界で大きく増加しているが、それでもまだ、炭素排出量ネットゼロの目標達成には3倍の投資が必要だ。日本の投資規模は現状、GDP比でみて他の先進国にそれほど見劣りしない。だが、日本は脱炭素投資に制度的な枠組みをそれほど強く課していない。今後の投資動向を見通す上で欧米と違うところだ。 投資を拡大させるためには「国による補助金的な支援」と「カーボンプライシング(注1)等の制度的誘因」という2つのアプローチがある。EUはカーボンプライシング導入や、各種のEU指令等の制度的枠組みの下での市場メカニズム活用が主流となっている。米国は、再生可能エネルギー導入ではコーポレートPPA(注2)が中心だが、近年インフレ削減法(IRA)という税控除等低炭素投資に対する大規模な支援措置が始まった。日本では、2024年2月以降「GX経済移行債(注3)」の発行が始まる。この新たな取り組みは評価できるが、早く具体的な制度設計や支援措置を明確にしないと、民間は投資計画を立てづらい。 こうした国による支援策は過渡的には必要になるが、民間投資を持続的に実現するためには、基本的に市場を活用する仕組みが必要だ。その際に重要なのは、カーボンのコストを明らかにして統一的なルールを示すこと。分野横断的にカーボンプライシングを導入し、民間企業がカーボンの「負の価値」を計算に入れて低炭素技術に投資できるようにするのがよい。政府は、安定的な制度の導入により、将来にわたって信頼できる投資先であると市場に向けてシグナルを発信することが重要だ。 エネルギー転換は、ネットゼロへの志を高く持ちつつ、安定供給を損ねない形で推進するという現実的な視点を併せ持つことが必要だ。セキュリティーのためには、太陽光や風力に加えて、原子力、バイオ、CCUS、水素、アンモニア、低炭素燃料等の多様なクリーンエネルギー技術の開発と導入を推進しなければならない。石油やガスの消費が大幅に低下するまでは、その供給確保に万全を期すことも必要となる。(注1)企業などCO2排出者の行動を変化させるために、CO2に価格をつける仕組み。(注2)企業が開発に参加することで長期的に安い電力を取得できる仕組み。(注3)カーボンプライシングによる将来の財源を担保にした政府の債券。低炭素技術への民間投資を先行的に支援する。 貞森恵祐(さだもり・けいすけ) 2012年10月より現職。石油、ガス、石炭、再生可能エネルギー、省エネルギー等、エネルギー市場の動向分析およびエネルギーセキュリティーを担当している。通商産業省(現経済産業省)に入省後、在米日本大使館での勤務や内閣官房内閣参事官を経て、国際エネルギー問題担当参事官を務める。その後、通商交渉官として自由貿易協定の交渉を担当。東日本大震災の際には内閣総理大臣秘書官となり、福島第一原発事故に対応する。東京大学法学部卒業。 識者が読者に推薦する1冊 IEA,World Energy Investment 2023・World Energy Outlook 2023 識者に問う 拡大傾向とされる国内投資、その実態をどうみるか。国内投資を妨げる要因は何か。 日本の半導体製造能力に世界が期待、官民投資で国力を高めよ 黒田忠広 東京大学大学院工学系研究科附属システムデザイン研究センター教授 KEYWORDS 高成長、過熱する投資、政策の継続性 日本では現在、半導体分野に年間数兆円という大規模な投資が行われている。半導体は景気の波が激しいものの、世界市場をみると、この40年間、おしなべて10%近い高成長が続いており、今は第3次の成長期に入った。1970~95年まではラジオやTVなどの物理空間、1995~2020年はPCやスマホによる仮想空間、これからの25年間は物理空間と仮想空間を融合するAI分野と、その利用範囲は拡大し続け、2030年には市場規模が150兆円に上るといわれている。 こうした状況を受け、これまでとはレベルが違う水準の投資が行われている。マイクロン、ソニー、キオクシア、東京エレクトロンなどがすでに投資計画を打ち出した。特に昨今は、デジタル社会のインフラ整備が行われ、安全保障上の戦略物資でもあるという認識が加わったことで、公的支援が積極的に行われている。過熱気味ではないかと心配するが、大もうけするために荒々しい海に漕ぎ出す、というような博打性の高い性質の産業なのだ。 また、こうした日本国内の動きに加えて、今、世界からの対日投資も過熱している。1980~90年代、日本は半導体製造分野において、上流から下流まで豊かな産業エコシステムを作り上げた。その技術や企業が現在も残っていること、台湾等と比べ地政学的リスクが低いこと、そして円安という条件によって、日本が今、あらためて注目されている。AIが求める最先端の半導体を製造できる企業は世界に1、2社しかない。国際的に寡占が進む中、世界が期待しているのが、技術、装置、材料に優れる日本において半導体を製造することだ。世界でも日本国内でも、「半導体人材」は圧倒的に不足しており、人材獲得競争のために、日本の半導体企業も報酬を上げざるを得ないと聞く。 懸念を挙げるとすれば、政策の継続性の欠如だ。半導体は一過性のブームではなく、今後数十年間は確実に加速する産業である。かつて政府は、半導体は産業セクターの自助努力に任せるという姿勢でいたが、半導体の公共的意義が認められ、取り組みが大きく変わった。政策の勢いを失わせないためには、国際連携の強化が必要だと考えている。G7やクアッド(QUAD、日米豪印)を通じた国家間の連携が求められている観点からも、官民ともに投資を維持して、日本の国力を高めていくことが求められる。 黒田忠広(くろだ・ただひろ) 東京大学のシステムデザイン研究センターd.labと技術研究組合RaaSを率いる。d.labは、産学連携で取り組む半導体技術の開発拠点。黒田氏は日本の半導体技術再生のキーパーソンとされる。東京大学卒業後、㈱東芝入社。慶應義塾大学に移り、2002年教授、2020年より名誉教授。2007年、カリフォルニア大学バークレイ校MacKay Professor。2019年より現職。米国電気電子学会と電子情報通信学会のフェロー。半導体のオリンピックと称される国際会議ISSCCで60年間に最も多くの論文を発表した世界の研究者10人に選ばれる。 識者が読者に推薦する1冊 黒田忠広〔2023〕『半導体超進化論―世界を制する技術の未来』日経プレミアシリーズ新書 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)NIRA総合研究開発機構(2023)「国内投資の拡大は本格化するのか」わたしの構想No.69 シェア Tweet データで見る 日本の民間企業の国内設備投資額の推移(1980年-2022年) 注)物価の上昇・下落分を取り除いた実質ベース(2015年基準)の日本国内企業の設備投資額出所)内閣府「国民経済計算」※1980年度から1994年度までは「2015年(平成27年)基準支出側GDP系列簡易遡及」、1995年度以降は「2023年7-9月期四半期別GDP速報(2次速報値)」に基づく。 付表 △ 日本の民間企業の国内設備投資額の推移(1980年-2022年) 注)物価の上昇・下落分を取り除いた実質ベース(2015年基準)の日本国内企業の設備投資額出所)内閣府「国民経済計算」※1980年度から1994年度までは「2015年(平成27年)基準支出側GDP系列簡易遡及」、1995年度以降は「2023年7-9月期四半期別GDP速報(2次速報値)」に基づく。 付表 大企業(全産業)の投資水準の推移(2005年-2023年度) 注)実績見込みはコロナ禍前後の6年間(2017~2022年度)の実現率の平均を採用出所)株式会社日本政策投資銀行「2023年度設備投資計画調査」 付表 △ 大企業(全産業)の投資水準の推移(2005年-2023年度) 注)実績見込みはコロナ禍前後の6年間(2017~2022年度)の実現率の平均を採用出所)株式会社日本政策投資銀行「2023年度設備投資計画調査」 付表 2022年度の業種別投資実績の前年度比 注1)2019年度を100とした場合、2022年度の各業種の投資実績は以下の通り【製造業】食品:103、石油:96、化学:110、鉄鋼:83、非鉄金属:113、一般機械:103、電気機械:140、精密機械:98、輸送用機械:94、製造業平均:102【非製造業】卸売・小売り:92、不動産:117、運輸:76、通信・情報:101、サービス:79、電力:86、非製造業平均:93注2)面積が大きいほど、全体への寄与が大きい出所)株式会社日本政策投資銀行「2023年度設備投資計画調査」 付表 △ 2022年度の業種別投資実績の前年度比 注1)2019年度を100とした場合、2022年度の各業種の投資実績は以下の通り【製造業】食品:103、石油:96、化学:110、鉄鋼:83、非鉄金属:113、一般機械:103、電気機械:140、精密機械:98、輸送用機械:94、製造業平均:102【非製造業】卸売・小売り:92、不動産:117、運輸:76、通信・情報:101、サービス:79、電力:86、非製造業平均:93注2)面積が大きいほど、全体への寄与が大きい出所)株式会社日本政策投資銀行「2023年度設備投資計画調査」 付表 世界のエネルギー投資(クリーンエネルギーと化石燃料)の推移(2015年-2023年) 出所)International Energy Agency(2023)“World Energy Investment 2023”. 付表 △ 世界のエネルギー投資(クリーンエネルギーと化石燃料)の推移(2015年-2023年) 出所)International Energy Agency(2023)“World Energy Investment 2023”. 付表 ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構神田玲子、榊麻衣子(編集長)、山路達也※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ