わたしの構想No.76 2025.04.10 アクティビストの活発化にどう対応すべきか この記事は分で読めます シェア Tweet 国内外のアクティビストによる日本企業への投資が活発化している。日本市場に投資家の関心が集まる中、企業はアクティビストのアプローチにどう対応すべきか探った。 PDF(日本語) ABOUT THIS ISSUE企画に当たって アクティビストの活発化にどう対応すべきか 企業価値向上と日本経済の成長につなげるには 翁百合 NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長 国内外のアクティビストによる日本企業への投資が活発化している。アクティビストの中には、中長期的に企業価値を引き上げようとする投資家がいる一方で、短期的な利益追求に基づいた要求後に売り抜ける動きがあり、懸念を示す声もある。日本市場に投資家の関心が集まる中、企業はアクティビストの積極的なアプローチにどう対応すべきか。市場関係者は現在の状況をどう見ているのか。投資家や研究者、市場運営者など様々な立場の専門家に聞いた。アクティビスト:株主権を行使し、企業の経営戦略や株主還元の方針に積極的に提言・要求することで、経済的な利益を得ようとする投資家をさす。そのような投資ファンドをアクティビストファンドという。 EXPERT OPINIONS識者に問う アクティビストによる日本企業へのアプローチ積極化をどう評価すべきか。企業はアクティビストにどう対応すべきか 松本大マネックスグループ株式会社取締役会議長兼代表執行役会長(※) 川北英隆京都大学名誉教授 岩田喜美枝味の素株式会社社外取締役/株式会社りそなホールディングス社外取締役 池田直隆株式会社東京証券取引所上場部企画グループ統括課長 太田洋西村あさひ法律事務所・外国法共同事業弁護士 インタビュー実施:2025年1月~2月インタビュー:関島梢恵(NIRA総研主任研究員)、鈴木日菜子(NIRA総研研究コーディネーター・研究員) データで見る 日本のコーポレートガバナンス改革の取り組み 株主提案数の推移 上場子会社数及び、支配的な株主を有する会社数 投資家と企業のコミュニケーションギャップ事例 企画に当たって アクティビストの活発化にどう対応すべきか 企業価値向上と日本経済の成長につなげるには 翁百合 NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長 KEYWORDS 海外投資家からの注目、企業の長期的成長、投資家と企業のコミュニケーション活性化、東証の市場改革 日本の株価は年初来、再登板したトランプ米大統領が次々に打ち出す関税引き上げなどの影響を受ける展開が続いている。とはいっても、ここ1~2年の株価水準は、ようやく30年前の過去最高まで回復してきた。米国の投資家ウォーレン・バフェット氏が日本の商社のビジネスモデルに注目し、長期投資を始めたことも広く知られるようになったが、海外投資家が経済の潮目を迎え、構造改革に取り組む日本企業に注目している。一方、円安を背景にセブン&アイ・ホールディングスに対しカナダ企業が買収提案をするなど、時価総額の大きな企業に対する動きも出てきた。 こうした中で、内外のアクティビストが日本の資本市場で動きを活発化させている。2024年の段階で、保有目的に「重要提案行為」と記載した大量保有報告書は133件(日経集計)、株主還元や取締役選任などの株主総会への株主提案も増加している。内外のアクティビストの動きが活発になった理由は、2015年に制定されたコーポレートガバナンス・コードが定着して、持ち合い株式や政策保有株式が減少したこと、2023年に東証が「資本コストと株価を意識した経営」を要請し、日本企業も資本効率を意識した経営に転換しつつあること、また経済産業省から「企業買収による行動指針」が公表されたこと、などが底流にある。アクティビストといっても、投資先企業に対して、短期的に配当引き上げを迫り売り抜けようとする者もあれば、中期的に企業価値を引き上げようとする投資家もいる。今回の「わたしの構想」では、こうしたアクティビストなどの動きの活発化を日本経済の成長の視点からどうとらえるべきか、日本企業はこれにどう対応すべきか、制度面の課題はあるのか、について資本市場に詳しい識者や実務家の方々に伺った。 アクティビスト提案を受けるリスクと向き合い、長期成長につなげる 資本市場から圧力が強まることは、企業経営者が投資家と企業価値について話し合う機会が増えることを意味し、日本企業の長期的成長を促し得る点では、基本的にポジティブに評価すべきであろう。自ら投資家として企業と対話を重ねているマネックスグループ取締役会議長兼代表執行役会長(インタビュー当時)の松本大氏は、外部から厳しい規律を与えることにより、日本企業が長期的に強くなる方向につなげることが重要、と強調している。しかし、米国と比較すると、日本は短期的利益を求める投資家が目立つことは問題、という複数の識者の懸念もある。それでも松本氏の言葉の通り、この動きは不可逆なものであり、大企業ですら「資本効率を考えない経営」と投資家から受け止められれば、アクティビストから様々な提案を受けるリスクと向き合わざるを得ない時代になったといえる。識者のメッセージを企業経営者は受け止めて、企業価値向上に取り組む必要があるだろう。 企業経営者は、企業価値向上に向けた戦略的対応を それでは、企業はどのように対応すればよいのか。アクティビストから指摘される前の取り組みが重要、と株式市場を長年研究している京都大学の川北英隆名誉教授は述べる。すなわち、社外取締役などの知恵を積極的に活用し、企業価値を高める計画や施策を描き、取締役会でビジネスモデルに踏み込んで議論する、といった戦略的対応が必要という。企業の執行や社外取締役の経験が豊かな岩田喜美枝氏は、企業経営者と社外取締役の意識改革の重要性を指摘する。「株価はCEOの通信簿」という意識が経営者に浸透してきたと指摘するほか、岩田氏自身が投資家との丁寧な対話と情報発信を心掛けているとしている。特に、社外取締役の職責が一段と重くなっていることに注目する必要がある。TOBやMBOなどの動きも増え、その提案の是非を独立して判断する特別委員会を社外取締役が構成することを考えると、社外取締役の選任の在り方、資質向上などに多くの課題があるといえる。経営者や社外取締役の意識改革を、東京証券取引所の立場からここ数年リードしてきた池田直隆氏は、様々な投資家がいる中で、企業経営者が投資家のタイプを把握して、中長期的な企業価値向上の視点で株主共同の利益に資するものかどうかを判断して、企業が是々非々で対応する重要性を説く。 法整備と市場改革で企業価値の向上へ こうしたアクティビストの活動の活発化をみて、いくつかの課題も指摘されている。まず複数の識者の指摘の通り、実質株主の透明化はきわめて重要であり、投資家と企業経営者の実効性のある対話を実現するためにも会社法改正を急ぐ必要がある。加えて、内外の法律に精通し、実務にも詳しい弁護士の太田洋氏は、日本では業務執行に関する事項を提案できるなど、欧米と比較して株主提案権が認められる範囲が幅広いことなどを問題視する。法整備により過度に強い株主権の限定を検討する必要があるほか、アクティビストのルール違反が増えており、ルール遵守の実効性を確保することも重要と指摘する。2020年のアクティビストの株主提案に対する東芝の対応が注目を集めたが、地政学リスクが拡大している状況下、経済安全保障への備えについて留意していく必要もある。一方、株主権を弱めることについては、慎重な判断が必要ではないかという識者の意見もあり、具体的、多角的に諸制度を点検、検討していく必要があろう。また、投資家と企業のコミュニケーションを活性化し、企業価値を向上させるための、東証の市場改革の今後の取り組みにも期待したい。活性化し始めた資本市場を、日本企業の中長期的企業価値向上と日本経済の成長に結び付けることの重要性を政府、企業経営に関わる人々、投資家、取引所などの市場関係者がそれぞれ認識するとともに、様々な課題にスピーディーに対応していく必要がある。 識者に問う アクティビストによる日本企業へのアプローチ積極化をどう評価すべきか。企業はアクティビストにどう対応すべきか 海外投資家が日本市場に注目する今、世代交代による変化を企業の成長につなげよう 松本大 マネックスグループ株式会社取締役会議長兼代表執行役会長(※) KEYWORDS 「うるさい人」の存在、世代交代、不可逆の変化、外部の声 企業経営には、外部から厳しい規律を与える「うるさい人」の存在が重要だ。戦前では財閥、戦後は旧通産省、銀行といった組織が、企業に対して外部からガバナンスをする役割を果たし、事業再編や企業合併などリソースの再分配についても指導していた。しかし、そうした組織は米国の戦後統治、そして世論の圧力によってそれぞれ解体・排除された。外部チェックをなくした日本社会はその後、30年にわたり停滞期を経験することとなった。 だが、ここ3年ほどで状況は変わっている。経産省が合意なき買収を容認したこともあり、機関投資家がアクティビストとして台頭。東証のPBR改革や資本コストを意識した制度変更と連動し、株価向上、配当の充実、経営改革など具体的な改善を企業に求めるようになった。資本市場の仕組みの中に、盛んに意見を言う人が存在することによって、企業が動き始め、株価にも良い影響が出るという認識が広がってきた。 また、企業と機関投資家の双方で進む世代交代も変革を後押ししている。日本の成長に陰りが見え始めてから働き始めた世代の経営者は、世界の成功事例を学び、アクティビストや社外取締役など「外の意見」を取り入れる傾向がある。また、これまでは企業提案に口出しすることをためらっていた機関投資家も、世代交代が進み、株主提案やエンゲージメントファンドの意見を積極的に評価するようになった。東証も世代交代により、資本コストを意識した経営を企業に問うべきだという姿勢を取るようになった。 これらは不可逆の変化だ。この流れを、日本企業が長期的に強くなる方向につなげることが重要だ。最近は中国やドイツで長期金利が下がる動きもあり、経済成長の鈍化や資産価格の下落が懸念される中、世界中の資金が米国や日本へ流れ込もうとしている。投資家のバフェット氏が率いる投資会社が円建て長期債を発行して、日本の商社の大規模買いに踏み切ったように、海外投資家も構造変化が進む日本に期待している。 私もエンゲージメント活動を行うマネックス・アクティビスト・ファンドは、世界でも珍しい個人投資家向けのアクティビストファンドであり、短期も長期も重視する。私が話をする企業の多くは前向きに回答してくれており、外部の意見に関心のある企業が過半数になっている。対話が成立しない場合には公に意見を発信するが、それが経営改革の契機となる例もある。外部の声に耳を傾けることは、日本企業を持続的成長へと導くはずだ。(※)肩書はインタビュー当時 松本大(まつもと・おおき) 1987年東京大学法学部卒業、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券入社。その後ゴールドマン・サックス証券に勤務し、当時最年少でゼネラル・パートナーとなる。1999年にマネックス証券株式会社を設立し、オンライン証券サービスの草分けとして急成長を遂げる。社長・CEOとしてマネックスを牽引し続け、2023年6月より現職。経済審議会委員、東京証券取引所その他複数の上場企業の社外取締役も歴任。2020年、日本の資本市場の活性化を目指し、上場企業へのエンゲージメントを通じて投資リターンを追求するカタリスト投資顧問を設立。 識者が読者に推薦する1冊 松本大〔2023〕『松本大の資本市場立国論―日本を復活させる2000兆円の使い方』東洋経済新報社 識者に問う アクティビストによる日本企業へのアプローチ積極化をどう評価すべきか。企業はアクティビストにどう対応すべきか 企業は自ら率先して、アクティビストの指摘に備えよ 川北英隆 京都大学名誉教授 KEYWORDS 企業価値の向上、社外の知恵の活用、企業間の競争 近年、プライベートエクイティファンドのような投資家が出てきたうえ、アクティビストの中にも株主還元を直ちに要求するだけでなく、少し長期的な目線で経営に対する要求や提案を行い、企業業績を向上させて利益を得ようとする動きが見られる。企業と投資家が企業価値に関して話し合う機会が増えているという意味では、評価に値する。 しかし、長期的な視点で投資を行うアクティビストは、日本にはまだ少ない。依然として事業の売却や資本政策の変更など短期的な施策で株価を上げようとする動きが目立ち、その活動は今も日本のマーケットの大きな問題である。アクティビストの最終的な狙いは、3年以内には株式を売り抜けてリターンを得ること。海外の投資家には、円安で日本企業の株式を買いやすくなったため、リターンを上げる大きなチャンスと映る。セブン&アイが狙われたように、時価総額10兆円規模の企業でさえもアクティビストの標的となり得る。 企業は戦略的な対応が必要だ。重要なのは、アクティビストからの指摘の前に、自社の企業価値を高めるための計画や施策をきちんと描き、実行していくこと。それが、アクティビストに反論する準備となる。そのために社外の知恵を積極的に活用する。現状、多くの企業では社外取締役を形式的に入れるだけで、役員会で活発な議論をする文化がない。社外取締役には経営の経験者に限らず、財務や会計などの専門的知見を持って意見を言える人を選任し、長期の目線から事業ポートフォリオの適切性や資本コストに関して踏み込んで議論すべきだ。コンサルティングやアセットマネジメント会社に助言を求めるのもよいが、表面的な話で終わらないよう、企業が自ら、多様なチャネルで情報を集める努力が大切である。 制度面では、政治的にコーポレートガバナンス・コードを議論してルールを整備するだけではなく、企業や投資家が各コードの意味を理解し実践する風土を育み、上場企業間の競争を促すことが重要だ。注目すべきは東証のTOPIX改革。2028年を目途に採用銘柄を1200に減らすが、さらに時価総額の上位100~200社まで絞り込み、業績を競わせるべきだ。米国で標準的な株価指数のS&Pは上位500社。企業は投資家に評価され、上位に入ろうと努力している。東証がいわば「影のアクティビスト」として機能することで、企業側が長期投資家の目線を意識しつつ積極的に企業価値の向上に努めることを期待したい。 川北英隆(かわきた・ひでたか) 専門は証券投資論・証券市場分析。博士(経済学)。京都大学経済学部卒業後、日本生命保険に入社。通商産業省(現・経済産業省)派遣、ニッセイ基礎研究所出向等を経て、マクロ経済分析、株式及び債券の調査分析、証券投資手法の開発等に従事、ポートフォリオの最高責任者を務める。同社を退職後、中央大学国際会計研究科特任教授、同志社大政策学部教授、京都大学大学院経営管理研究部教授を経て、2016年より現職。日本証券アナリスト協会証券アナリストジャーナル編集委員長、日本ファイナンス学会会長、日本取引所自主規制法人外部理事等を歴任。 識者が読者に推薦する1冊 川北英隆〔2024〕『京都大学人気講義の教授が教える個別株の教科書』ディスカヴァー・トゥエンティワン 識者に問う アクティビストによる日本企業へのアプローチ積極化をどう評価すべきか。企業はアクティビストにどう対応すべきか 企業は社外取の知見も生かして、アクティビストとも建設的な対話を 岩田喜美枝 味の素株式会社社外取締役/株式会社りそなホールディングス社外取締役 KEYWORDS モニタリングボード、株主との対話重視、実質株主の透明化 自社の取締役会を、業務執行取締役が中心となって執行・監督を行うマネジメントボードから、業務執行と監督を分離し、監督機能を強めたモニタリングボードに移行することを考えている企業が増えている。かつては個別案件の意思決定が取締役会の中心的なアジェンダであったが、今では、経営方針の決定、執行プロセスの監督、中長期的な企業価値の向上のためのリスクテイクが取締役会の新たな役割だ。社外取締役は執行側とは異なる立場・経験を生かし、場合によっては執行側の提案に反対するなど、忖度せずに異見を示すことがより求められるようになった。社外取締役の職責は一段と重くなっている。 これまでCEOが担ってきたIR・SRに社外取締役が参加する機会も増えた。会合では、企業の課題やそれに対する取り組みの評価など、社外取締役から見た率直な意見を伝えるが、同時に、企業に対する投資家の期待や考えから学ぶ姿勢を社外取締役として心掛けている。丁寧な対話や情報発信は、中長期的な企業価値に資する投資家を発掘し、そのような投資家を増やすことにも資するはずだ。 企業が株主との対話を重視するのは、「株価はCEOの通信簿である」という意識が経営者に浸透し、経営目標にROEやROICを掲げ、資本効率をいかに高めながら、企業価値を向上させるかという考え方が当たり前になったからだ。経営者は、投資家の自社に対する考え、追加投資をする意図を知り、中長期的に有益な関係を構築したいと考えている。そのため、企業が対話すべき相手が誰なのか、早期に把握することが肝心であり、他の名義になっている実質株主を透明化する仕組み作りが求められる。実質株主の情報開示は、機関投資家や一般の投資家がその株を保有する判断材料にもなり、結果的に投資家の利益になる。 一方、日本において株主の権利が強いことがしばしば指摘されるが、株主権の乱用がどこまで実務に影響を及ぼしているかは、実態が明確になっていない。株主提案があっても、総会の進行を妨げないよう企業側が工夫しているところが多いのではないか。それに、提案に至る前に投資家と議論を重ねて考えを知ることは、会社の経験としてプラスになり得る。会社法上の権利を弱めることが本当に良いことなのか、判断は難しい。 岩田喜美枝(いわた・きみえ) 1971年東京大学教養学部卒業後、労働省(現厚生労働省)入省。主に女性労働や国際労働問題などを担当し、2003年厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を最後に退官。退官後は、資生堂代表取締役副社長等を歴任し、キリンホールディングスや日本航空、住友商事で社外取締役を務めた。経済産業省「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」委員。共著に「女性はもっと活躍できる!女性活躍推進の課題とポイント」(21世紀職業財団、2015)。 識者が読者に推薦する1冊 中神康議〔2016〕『投資される経営 売買される経営』日本経済新聞出版 識者に問う アクティビストによる日本企業へのアプローチ積極化をどう評価すべきか。企業はアクティビストにどう対応すべきか 企業と投資家のコミュニケーション促進が大切 池田直隆 株式会社東京証券取引所上場部企画グループ統括課長 KEYWORDS 是々非々の対応、親子上場、企業対応の二極化 新たな3つの市場区分への再編、資本コストや株価を意識した経営など、東証では上場企業が投資家と協働して企業価値を高める施策を推進している。この間、日本市場に対する国内外の投資家の関心は高まっており、昨今の流れはポジティブと見るが、当然ながら企業の変革には時間が必要で、市場の改革はこれからが本番である。 アクティビストは短期志向だと見られがちであるが、そもそも「アクティビスト」という言葉で一括りにすべきではないと思う。投資家にはさまざまなタイプやスタイルがあり、企業はそれらを正しく把握することが大切である。提案が中長期的な企業価値の向上の観点から株主共同の利益に資するものなのかどうか、企業が是々非々で対応することが望ましい。したがって、アクティビスト「対策」という言葉についても、疑問を感じることがある。 あわせて企業に求められるのは、自社のポジション、すなわち資本収益性や市場からの評価を認識することだと思う。事業の構造改革が重視されるケース、株主還元が重視されるケースなど、投資家からの提案と自社のポジションには相関がある。それらを把握せず、投資家の提案や意見に対して、いたずらに対話を拒否したり、過剰な防衛をしたりすることは、かえって市場からの評価を落としかねない。 また、投資家が問題意識を持つことの1つに「親子上場」がある。グループ経営の中で、子会社を上場させておく合理性はなにか、投資家の関心は高い。加えて、親子関係には至らなくとも、20~50%程度を保有する大株主と資本業務提携があるケースも増加している。もちろん禁止されている上場形態ではないが、支配権を有している場合と比べて中途半端、あるいは、役員派遣などにより実質支配がある場合には不透明と見られることもあり、投資家への一層の説明とコミュニケーションが必要となる。 最近では投資家への情報開示や対話への姿勢が二極化し、市場でのパフォーマンスの差を生んでいる。東証は、特に積極的に対応を進める企業を後押ししていこうと考え、たとえば、企業と投資家の目線とのギャップを公開するなど、相互理解を深められる環境の整備に努めている。企業と投資家がコミュニケーションをとって、企業価値の向上を図れるマーケットを作るという大きな目標を持ちつつ、引き続き市場の改革を進めていきたい。 池田直隆(いけだ・なおたか) 2005年株式会社東京証券取引所入社。入社後、上場審査部を経て、2010年6月より現職。市場区分の見直し・コーポレートガバナンスの充実に向けた検討、スタートアップ育成に係る制度整備など、東証における上場制度全般に係るルールメイク等を担当。東証は、2015年に「コーポレートガバナンス・コード」を策定、2022年に「市場区分の見直し」を実施、2023年に「資本コストや株価を意識した経営」の要請を行うなど、近年、資本市場改革を積極的に行っている。 識者が読者に推薦する1冊 三瓶裕喜〔2022〕「機関投資家が日本企業に投資する理由とは」『Corporate Governance』Vol.10, 2022年8月号 識者に問う アクティビストによる日本企業へのアプローチ積極化をどう評価すべきか。企業はアクティビストにどう対応すべきか 財務の開示拡大と会社法の改革で企業価値を向上 太田洋 西村あさひ法律事務所・外国法共同事業弁護士 KEYWORDS 所有と経営、株主権の制限、実質株主の把握、規律ある市場参加 コーポレートガバナンス・コードや、資本コストを意識した経営の重要性が市場に浸透したことで、日本でもアクティビストの活動が活発になった。円安の進行、中国マネーの流入、東証が主導するPBR改善の取り組みがアクティビストに追い風になっている。 今や日本でのアクティビストの活動はアメリカ並みに活発だが、その提案内容は両国で異なり、企業も対応に戸惑っている。アメリカでは、事業ポートフォリオや経営戦略の見直しなど企業の中長期的な利益を考慮した提案が多いが、日本では、株主還元の強化など短期的な利益を求めるアクティビストの提案や、政策保有株式の売却など業務執行に関する個別事項についての提案が目立つ。所有と経営の考え方の違いがその要因だ。 欧米では株主は業務執行に関することを提案できないが、日本では株主の権利が非常に強く、株主提案が認められる範囲も広いために、欧米では不可能な資本コストの開示や政策保有株式の売却、第三者委員会の設置といった業務執行に関する事項でも、定款変更議案という形式であれば株主提案ができてしまう。また、臨時株主総会招集請求ができる議決権割合も3%と欧米に比べかなり低い。加えて、名簿に記載されていない実質株主を企業が把握できる法的な手段がないことや、大量保有報告規制違反へのエンフォースメントが弱いことも、企業のアクティビスト対応を難しくし、実効的な対話が阻害されている。株主が企業の揺さぶりに利用できる手段が多く、日本はアクティビストにとって好都合な条件がそろっている。 こうした状況に対応するには、過度に強い株主権を欧米並みに限定することや、実質株主を企業が把握できるような法整備を早急に行う必要がある。企業の側でも、自社のキャッシュフローの使途を開示し、単に内部留保の積み増しになっていないことを説明するなど、機関投資家や一般株主を納得させるような対応が必要だ。 2000年代以降、日本は行政指導中心の事前予防型社会から事後責任型社会に変わってきたが、事後責任型社会はルール遵守の実効性確保が必要なのに、その点が置き去りにされてきた。株式の大量保有報告書の提出を意図的に遅延するといったルール違反も目立つ。規制の実効性が担保されていなければ、市場は自由放任でやりたい放題になってしまう。当局のエンフォースメント強化を含め、ルールをいかに遵守させるかという視点が重要だ。 太田洋(おおた・よう) 弁護士。1991年東京大学法学部卒業、1993年弁護士登録、西村眞田法律事務所(現・西村あさひ法律事務所・外国法共同事業)入所。2000年ハーバード・ロースクール法学修士号取得。同意なき買収・アクティビスト対応、クロスボーダー案件を含むM&A取引など、企業法務全般を幅広く手がける。日本経済新聞「企業が選ぶ2024年に活躍した弁護士ランキング」企業法務総合第1位。編著書に『M&A・企業組織再編のスキームと税務〈第4版〉」(大蔵財務協会、2019)など。 識者が読者に推薦する1冊 太田洋〔2023〕『敵対的買収とアクティビスト』岩波新書 用語集 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)NIRA総合研究開発機構(2025)「アクティビストの活発化にどう対応すべきか」わたしの構想No.76 シェア Tweet データで見る 日本のコーポレートガバナンス改革の取り組み 注1)3分の1以上の独立社外取締役を選任する上場会社(プライム市場)の比率。注2)法定および任意の指名委員会を設置する会社(プライム市場)の比率。出所)日本取引所ウェブページよりNIRA作成。 △ 日本のコーポレートガバナンス改革の取り組み 注1)3分の1以上の独立社外取締役を選任する上場会社(プライム市場)の比率。注2)法定および任意の指名委員会を設置する会社(プライム市場)の比率。出所)日本取引所ウェブページよりNIRA作成。 株主提案数の推移 注)米国の株主提案数は、前年7月~当年6月の合計。出所)東京証券取引所(2024)「少額投資のあり方に関する勉強会(第二回)」、ISS-Corporate(2024)「U.S. Shareholder Proposals: A Decade in Motion」よりNIRA作成。 付表 △ 株主提案数の推移 注)米国の株主提案数は、前年7月~当年6月の合計。出所)東京証券取引所(2024)「少額投資のあり方に関する勉強会(第二回)」、ISS-Corporate(2024)「U.S. Shareholder Proposals: A Decade in Motion」よりNIRA作成。 付表 上場子会社数及び、支配的な株主を有する会社数 注)右の棒グラフは、筆頭株主20~50%の会社から、親会社を有する会社と筆頭株主が個人である会社を除いて集計。( )内は上場会社に占める割合。出所)池田直隆氏提供。東証説明資料をもとにNIRA作成。 付表 △ 上場子会社数及び、支配的な株主を有する会社数 注)右の棒グラフは、筆頭株主20~50%の会社から、親会社を有する会社と筆頭株主が個人である会社を除いて集計。( )内は上場会社に占める割合。出所)池田直隆氏提供。東証説明資料をもとにNIRA作成。 付表 投資家と企業のコミュニケーションギャップ事例 出所)池田直隆氏提供。東証「投資者の目線とギャップのある事例」(2024年11月21日初版)をもとにNIRA作成。 △ 投資家と企業のコミュニケーションギャップ事例 出所)池田直隆氏提供。東証「投資者の目線とギャップのある事例」(2024年11月21日初版)をもとにNIRA作成。 関連公表物 コーポレートガバナンス・コード 翁百合 伊藤邦雄 斉藤惇 川村隆 マッツ・イサクソン 柴田拓美 ©公益財団法人NIRA総合研究開発機構神田玲子、川本茉莉、榊麻衣子、山路達也※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ