研究報告書 2008.04.01 就職氷河期世代のきわどさ高まる雇用リスクにどう対応すべきか この記事は分で読めます シェア Tweet 阿部正浩 獨協大学経済学部教授(「若年雇用研究会」座長) 荻野勝彦 トヨタ自動車株式会社人事部担当部長(「同」委員) 佐野哲 法政大学経営学部教授(「同」委員) 本田由紀 東京大学大学院教育学研究科准教授(「同」委員) 藤森克彦 みずほ情報総研株式会社主席研究員 小川晃弘 ストックホルム大学日本研究学部助教授 辻明子 財団法人総合研究開発機構研究開発部リサーチフェロー 概要 本研究では、就職氷河期を若年非正規雇用増加の一事例としてとらえ、若年非正規雇用の抱える問題点を考察した。今日の非正規雇用者の中には、家計の主たる所得稼得者も少なくない。また、一度、非正規雇用となった若者が正規雇用に移行することがきわめてむずかしくなっている。非正規雇用は能力開発が難しく、雇用不安の問題とともに、生涯、低所得のままとなる危険性も少なくない。本報告書では若年非正規雇用は、今後の日本社会に大きな影響を与える問題であることを示すとともに、若年非正規雇用問題への有効な対応策として、非正規雇用を組み込んだ新しい制度設計と大規模な就労支援を早期に行っていくことを提言する。 全文を読む INDEX エグゼクティブサマリー 90年代はじめのバブル経済の崩壊は、就職氷河期世代とも呼ばれる大量の若年非正規雇用者を発生させることとなった。こうした状況は終身雇用、年功序列賃金に支えられてきた日本型雇用を揺るがせるとともに、社会保障制度から排除される大量の若年層を生んでいる。若年非正規雇用の増加は、就職氷河期だけに限った一時的な問題にはとどまらず、グローバル化による人件費削減圧力と技術革新による分業の中で生じつつある長期的かつ構造的な問題であるという視点からの接近も必要である。 今日の非正規雇用者を取り巻く状況を見ると、非正規雇用者の中には家計の主たる所得稼得者も少なくない。また、一度、非正規雇用となった若者が正規雇用に移行することがきわめてむずかしくなっている。非正規雇用は能力開発が難しく、雇用不安の問題とともに、生涯、低所得状態にとどまる危険性も小さくない。若年非正規雇用問題への有効な対応策としては、非正規雇用を組み込んだ新しい制度設計と大規模な就労支援を早期に行っていくことが求められている。新たな雇用制度設計を迫る非正規雇用の増加 90年代はじめのバブル経済の崩壊は、就職氷河期世代とも呼ばれる大量の若年非正規雇用者を発生させることとなった。全体に占める非正規雇用の比率は90年代前半まで20パーセント程度で推移してきたが、90年代後半以降は上昇を続け最近時点ではほぼ3人に1人が非正規雇用という状況となっている。特に若年層における非正規雇用者数の増加が顕著で、就職氷河期を通じて100万人を上回る規模の増加があったと試算され、将来的に発生する貧困問題への対応としての財政上の追加負担も懸念される。 非正規雇用の増加はバブル崩壊という景気変動面からの影響のほか、グローバル化の進展と技術革新という世界的な構造変化も反映していると考えられる。若年非正規問題は就職氷河期に限った過去の問題にはとどまらず、将来の雇用制度の再設計を迫る問題として中長期的な視点からの取り組みが必要である。 若年非正規雇用への政策対応としては、雇用も含む経済社会制度の総合的な見直しが必要である。そのためには、非正規雇用者にも対象範囲を広げた雇用に関するセーフティー・ネットの再設計、実効性のある非正規雇用から正規雇用への転換支援政策、雇用支援策の科学的な政策評価などが求められており、ライフ・ワーク・バランスの確保も含めて雇用制度全体の制度設計の方向性について国民的な合意の形成が必要とされている。非正規社員の構造変化とその政策対応 若年非正規雇用の増加は、厳しい企業採用活動を背景とした働き方の変化、グローバル化とIT化による分業の進行、日本的雇用慣行(年功序列など)の下での未熟練者の活用スキーム、マッチングなどに関する労働市場の機能の脆弱性といった複数の事柄が複合的に影響した構造的変化である。従来の非正規雇用が縁辺労働力や補助的な所得稼得者であったのに対し、現在では、主たる生計維持者が増加している。 日本の雇用政策は、日本企業の雇用慣行に適応するように制度整備が行われてきたが、企業による雇用保障が揺らいでいる今、制度疲労が露呈してきている。企業が雇用リスクを負担することができなくなった現状では、多くの企業は労働者側に雇用リスクを負担させつつある。雇用リスクは、労働者にとっては生計費リスクでもあり、生死にかかわる問題である。 企業、個人が負担してきた雇用リスクを、今後は社会も負担していくことが必要であり、個人のセーフティー・ネットの整備を行うこと、正社員・非正規社員の区別をなくした雇用者全体に対する政策対応が求められる。その際に重要なのは、個人を尊重し、個人を鍛えるような社会を作っていくという視点である。人事管理からみた若年非正規雇用問題 「企業にとっての若年非正規雇用問題」として、技能を伝承する層である団塊世代が続々と定年していくのに対し、伝承される若年層が不足しているという現状がある。これは企業の競争力という観点から決して望ましいことではない。しかし、長期雇用を人事管理の中心におく以上は、人員の不足・過剰を調整するためには新規採用の増減に相当程度依存せざるを得なかったというジレンマがある。 就職氷河期においては、企業が若年の新規採用よりも中高年の雇用維持を優先したことにより、特に若年雇用に厳しい影響が及んだ。このような雇用方針の要因を分析すると、企業側からみれば教育コストや退職のリスクの点から合理的な経営判断であった可能性が指摘できる。雇用問題の解決には経済の活性化を通じた労働需要の増加が最も効果的であり、適切な経済・金融政策が求められる。さらに今後は、非正規雇用であってもキャリア開発をしていくことに加え、就職氷河期世代を公的部門で積極的に雇用していくことや、業績と人材育成のバランスをとりやすい会社制度の再構築についても検討の余地がある。非正規雇用を考える--企業に視点を置いた雇用政策を 非正規雇用が増え、「初期キャリアにおける職業能力開発問題」が顕在化する可能性がある。最も学習曲線が急勾配で伸びる20代に、単純労働の繰り返しのみで然るべき専門教育や訓練を行わないことには、大きな問題がある。そうなると非正規のまま低所得階層にとどまっている人たちに対して、最終的には所得再配分で救うような「大きな政府」という選択肢も考えなくてはなるまい。 こうした現状を鑑みると、雇用形態の多様化が進む中で、個人の能力、意欲、可能性に応じて適切なキャリア設計を支援し、実際の転職の助言も行えるような人材紹介業が重要となる。同様の機能は、公的部門である公共職業安定所(ハローワーク)の役割の見直しという観点からも、検討に値すると考えられる。単純な労働需給のマッチングだけでなく、カウンセリング機能や長期的なキャリア支援機能も強化することで、地域における職安の果たすべき役割が大きくなる可能性もある。 企業の動向を踏まえた雇用政策も重要であり、ファンド至上主義に影響されている取締役層、弱体化した人事部、さらに忙しすぎて何も見えてない現場管理者などの意識転換や構造改革が求められる。若年就労問題に対してより強力な取り組みを 若者の雇用をめぐる現状をみると、仕事の世界に入った後の正社員・非正社員それぞれに過酷な就労状況があり、新卒採用慣行が教育の世界の内部や仕事に就こうとする若者に対して及ぼしている負の影響についても楽観視することはできない。 これらについては、正規・非正規を含めた雇用者全体の問題として取り組んでいくことが求められる。具体的には、採用や処遇・配置の決定に関する基準やルールの明確化、労使交渉を通じた合意形成の義務づけなど、雇用者と企業の力関係におけるバランスを確保するための仕組みや規制強化を含む実効性のある若年支援策が必要である。また、学校教育の教育内容(労働者の権利や職業に役立つ知識とスキルなど)と新卒採用慣行の変革についても早急に取り組む必要がある。 また、現在行われているジョブ・カードなどの政策を生かしていくための方途として、企業に対してジョブ・カードを活用した既卒者採用(特に非正規労働者からの採用)を義務づけるなどの措置も考えられる。そのような強い要請がない場合、実効性が伴わない仕組みにとどまるおそれもある。<資料>英国労働党政権における「福祉から雇用へプログラム」 英国労働党政権において「福祉から雇用へプログラム」の中で行われた、若年失業者ニューディール政策を中心に紹介した。イギリスでは、貧困問題を就労意欲が乏しい個人の資質の問題とするのではなく、貧困の背後にある社会構造を問題とし、「社会的排除」に陥らないことに配慮した包括的な取り組みが行われている。日本の政策対応に参考とすべき示唆に富んでいる。スウェーデンの若年者失業問題 1981年に「国家青少年政策」が出されたのをはじめ、包括的な若者政策に長年取り組んできたスウェーデンの事例を紹介した。25歳未満の若者が適切な教育、実務訓練などが提供されないまま、100日以上失業しているべきではないとし、早めの対策がとられている。若者を1人の人間として尊重しつつ、その自立を助け、社会に取り込んでいくための努力がなされてきたことを示す事例である。就職氷河期世代の老後に関するシミュレーション 就職氷河期が社会に与える影響の大きさについて、老後の生活保護給付の潜在的支出額を試算した。仮に就職氷河期に増加した、非正規雇用者及び無業者が、高齢期に生活保護を受給すると、追加的に必要な費用は累計で20兆円程度必要となる。 目次Ⅰ.総論新たな雇用制度設計を迫る非正規雇用の増加- 非正規雇用増加の背景と評価-Ⅱ.各論非正規社員の構造変化とその政策対応 阿部正浩人事管理からみた若年非正規雇用問題 荻野勝彦非正規雇用を考える-企業に視点を置いた雇用政策を- 佐野哲若年就労問題に対してより強力な取組みを 本田由紀Ⅲ.資料編英国労働党政権における 「福祉から雇用へプログラム」-若年失業者ニューディールを中心に(ヒアリング配布資料) 藤森克彦スウェーデンの若年者失業問題 小川晃弘就職氷河期世代の老後に関するシミュレーション 辻明子 図表<新たな雇用制度設計を迫る非正規雇用の増加-非正規雇用増加の背景と評価>図表1 非正規雇用者数と非正規雇用比率(雇用形態別)図表2 おもな産業別にみた雇用形態別雇用者及び非正規の職員・従業員の割合図表3 年齢別非正規雇用比率(含職種別)図表4 若年雇用の厳しさを示す指標図表5 平均賃金変化率の寄与度分解図表6 派遣労働者数と法律改正図表7 正規・非正規別勤続年数と賃金図表8 非正規雇用者の意識調査<非正規社員の構造変化とその政策対応>図表1 年齢階級別非正規社員割合図表2 就業形態別年収分布<資料編:英国労働党政権における「福祉から雇用へプログラム」>図表1 ニューレーバーの福祉政策の重点図表2 ニューディール政策の主なプログラム図表3 ニューディール政策の財源規模(単位:百万ポンド)図表4 英国の若年失業率の推移図表5 若年失業者ニューディールの全体的な流れ図表6 若年失業者ニューディールにおける4つの選択肢の内容図表7 若年失業者、長期失業者プログラムにおける雇用主の意識調査(99年~00年)図表8 若年失業者(18~24歳)に占める長期失業者の割合の推移図表9 英国と日本における失業者に向けたセーフティネットの相違図表10 英国の最低賃金水準の推移図表11 「負の所得税」の概念図図表12 就労税額控除の各要素(最大年間額)図表13 勤労税額控除の年間給付額(2005年度)図表14 子供税控除と勤労税額控除の年間給付額(2005年度)図表15 柔軟な就業形態を活用する雇用者の割合(2005年)図表16 ワークライフバランスに関連する労働規制図表17 チャレンジ基金(The Challenge Fund)プログラム図表18 英国のワークライフバランス施策/子育て支援策図表19 生産年齢人口(15-64歳)の就業率(97年と06年の比較)図表20 生産年齢人口のグループ別就業率の変化(97年と06年の比較)図表21 「絶対的貧困率」と「相対的貧困率」の推移(世帯所得中央値60%以下)図表22 グループごとの貧困率図表23 貧困のダイナミックス-過去4年間のうち3年間以上所得中央値60%以下の人々の割合-図表24 「求職者手当」「就労不能給付」「一人親向け所得扶助」の受給者数の推移図表25 英国の社会保障給付の体系図表26 英国のGDP成長率(対前年比)図表27 所得5分位別にみた実質所得の伸び率図表28 英国おける就業率とパートタイマー比率図表29 フルタイム労働者とパートタイム労働者の実働労働時間の推移(男女別)図表30 英国におけるパートタイム労働者の処遇(2006年)図表31 日本における労働者の二極構造図表32 「拠出制求職者手当」と「所得調査制求職者手当」の受給要件と給付水準図表33 ニューディール政策への投資を回収するために必要な雇用期間図表34 「福祉から雇用へプログラム」に関連した主な政策の整理<就職氷河期世代の老後に関するシミュレーション>図表1 働き方別賃金カーブ(主要部分のみ)図表2 生活保護の生活扶助及び住宅扶助費(1級-1)、円図表3 働き方及び社会保険別の8種のパタン図表4 所得、生涯老後資金、老後生涯生活保護図表5 老後生涯生活費等結果図表6 就職氷河期世代とそれ以前の比較(25-29歳、30-34歳)図表7 女子未婚学卒者割合(%)図表8 国民年金保険料納付状況(%)図表9 潜在的老後被保護者割合(女子配偶関係および年金加入調整後)図表10 就職氷河期世代の働き方変化数及び潜在的老後被保護者数(単位:万人)図表11 潜在的老後被保護者数及び累計の生活保護費 若年雇用研究会 研究体制委員阿部正浩 獨協大学経済学部教授(座長)荻野勝彦 トヨタ自動車株式会社人事部担当部長佐野哲 法政大学経営学部教授本田由紀 東京大学大学院教育学研究科准教授研究協力者藤森克彦 みずほ情報総研株式会社主席研究員小川晃弘 ストックホルム大学日本研究学部助教授NIRA井上裕行 総合研究開発機構研究開発部長辻明子 同研究開発部リサーチフェロー畑佐伸英 同研究開発部リサーチフェロー平井照水 同研究開発部リサーチフェロー 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)阿部正浩・荻野勝彦・佐野哲・本田由紀・藤森克彦・小川晃弘・辻明子(2008)「就職氷河期世代のきわどさ-高まる雇用リスクにどう対応すべきか-」 シェア Tweet ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ